佐藤ゆかり氏が明かすことを頑なに拒んだ個人情報について再考する
2005年10月05日
相変わらず「佐藤ゆかり」のキーワードで検索して、このブログに来る人の数が減りません。 この結果、9月の当サイトの検索ランキングでは、「佐藤ゆかり」が他を大きく引き離しての1位となりました。衆院選立候補者関連のキーワードで、これに続くのが「片山さつき」「片山龍太郎(さつき氏の夫でカネボウの社外取締役)」「橋本岳(橋本龍太郎氏の次男)」です。残念ながら、最も旬な杉村太蔵氏を取り上げる機会は逸してしまいました。
佐藤ゆかり氏に対するマスコミの注目は、当選後も衰える気配はなく、依然として硬軟入り混じった内容の記事が多く見受けられます。一時期話題となった「不倫メール疑惑」に関しては、選挙期間中の怪情報の1つとしての扱いに終わり、騒動は完全に収拾した模様です。マスコミの扱いとしては、フェロモン系の佐藤ゆかり氏と、ゴーマン系の片山さつき氏を対照させるケースが多いような印象を受けます。
個人情報という理由で、選挙期間中はプライベートな話題を一貫して避けてきたのが佐藤ゆかり氏です。こうした頑な姿勢が、かえってマスコミの興味に火をつけ、多くの憶測記事が登場することになったわけです。そんな佐藤氏が、重い口を開いて初めて自らの家族事情について語りました。情報源は、『この母親にしてこの女代議士あり』(週刊AERA 2005年10月10日 28~30ページ)です。女性探偵のはしりであった母親については、次のように述べています。
「テレビでも母を見るし、自宅にも取材が来た。職業人として注目されているんだなあと思いました」と、佐藤氏は振り返る。
みどりさんは厳しい母だった。「学校で家庭科の宿題が出ると、他のお宅は持ち帰って母親に手伝ってもらうことがあった。だれちゃんはやってもらったと言うと、母は『そんなの宿題なんだから自分でやるのよ』って。そうすると何も言えなくなっちゃって」。涙をこらえて一人でやった。
佐藤氏は中学に進む時に東京・世田谷の実家を出て、静岡県の不二聖心女子学院に入り、寮生活を送った。友達といるのが楽しいから寮の学校に行きたいと言ったら、母が大賛成してくれたのだ。その後、上智大学に進学し、渡米。コロンビア大学大学院で修士号、ニューヨーク大学大学院で博士号を取得。華麗な学歴をつくり上げた。
中学生で親元を離れる道を選ぶとは、当時より独立心が旺盛だった証拠でしょう。その後金融経済学者のキャリアを順調に歩んでいた佐藤氏ですが、母親の突然の病気により、帰国することになります。
ニューヨークで学んでいた90年2月、東京の父から「母、急病。至急帰国せよ」という電報が届いた。あわてて帰国すると、がんで余命半年という診断。初めて「そばにいて欲しい」と望む母を、つきっきりで看病した。ふくよかで元気だった母が、やせ細っていく。それを見ているのはつらかった。
そのころ、佐藤氏は結婚した。結婚相手を会わせると、病床の母は涙を流して喜び、その1ヵ月後に亡くなった。ところが、あわただしい結婚だったためか、ボタンの掛け違えで離婚。「何か親孝行をしたい」と焦ってしまった、と佐藤氏は振り返る。
個人情報として最も触れられたくない過去の1つだと推測される離婚経験についても、今回は率直に語っています。その後、ニューヨークに戻り、研究活動を再開するのですが、家族の事情により再度帰国することになります。
それから家族の不幸が続き、97年には、病気になったことなどない父親が大動脈瘤破裂で死亡。翌98年には兄が心臓発作で亡くなった。4人家族でただ1人、残された。"天涯孤独の身"になった佐藤氏は今、こう考えている。
「修士も博士もキャリアのため、いずれ使うためで、ただ勉強のためではありません。女性が働いて切り盛りするのは私にとっては自然なことで、それは母が働いていたということが大きいのです」。
2度目の帰国以降はビジネス界に転じて、外資系の証券会社3社(日興シティグループ、J.P.モルガン、クレディスイスファーストボストン)でエコノミストのキャリアを進むことになります。ここからさらに政治家を目指して、杉村太蔵氏と同じく自民党の候補者公募に応募したわけです。
ここで明かされている佐藤氏の個人情報を見る限りでは、ドラマチックな経歴ではあるとはしても、決して選挙においてマイナスの影響を及ぼすものとは思えません。幼少期から自立を求められた家庭環境であったこと、ビジネス・キャリアを独力で切り拓いたこと、強力な後ろ立てがあっての政治家転向ではないこと、などはいずれもプラス要素として、訴えることもできたはずです。
政治の世界では、支持者拡大のために自らの家庭環境に触れるのは、決して珍しくことではありません。民主党の新代表となった前原誠司が、菅直人元代表をわずか2票差で破る決め手になったのは、投票直前の前原氏の演説にあったと言われています。 情報源は、『イケメン前原のSL人生』(週刊AERA 2005年10月3日 26~27ページ)です。
「私は中2の時、父を亡くしました。高1から奨学金を受け取り、野球に明け暮れて浪人し、大学も5年間行きました。奨学金をいただいたおかげで私が勉強したのは事実です。やる気があってもチャンスが生かせる社会になっているでしょうか。私はそういう社会をめざしたい」。
母子家庭で育ったことを明かしたこの演説に、投票者の感情面に訴えかける狙いがあったことは明らかでしょう。前原氏と同じように、佐藤氏も自分の天涯孤独の身の上を選挙戦で利用することもできたはずです。なぜ、佐藤氏はそのような戦術を採らなかったのでしょうか?
バリバリのエコノミストのキャリアウーマン像と、薄幸さの漂う私生活は、不釣合いになると考えたのでしょうか? それとも情緒面で有権者に訴えるのは、潔くないと考えた上での結果でしょうか? この説が正しければ、第一印象とは反対に、佐藤氏の方が前原氏よりも"男らしい"政治家という結論になります。
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