秋の夜長のコーヒーブランド物語(スタバ、タリーズ、エクセシオール)
2006年10月03日
スターバックスが東京・銀座に第1号店をオープンして今年でちょうど10年になります。これを機会に「スターバックスの母」と呼ばれる人物が来日しました。テイスティング技術と、味とサービスにこだわる企業文化を伝授するころが、今回の訪日の目的でした。情報源は、『スターバックスコーヒーD・オルセン氏』(日経流通新聞MJ 2006年9月27日 19面)です。
1985年、米国シアトル(ワシントン州)でスターバックスコーヒーの前身、イル・ジョルナーレが産声を上げた。創業者のハワード・シュルツ(53)を父親にたとえるならば母親はこの男だろう。スターバックスコーヒー上級副社長、デイブ・オルセン(59)。コーヒー豆の買い付け、焙煎の責任者として長年活躍し、スタバの味を生み出した。
主力商品のカフェラテやカプチーノに最適な豆を探し、アフリカ、南米など世界20数カ国を飛び回った。これまで飲み比べたコーヒーは1万種類以上。シュルツ氏が「ワインづくりの名人のようにコーヒーの良しあしをかぎ分ける」と評した鼻がスタバの豊富なメニュー作りに貢献した。
オルセン氏がコーヒーに魅せられたのは3歳のとき。早朝、農作業に行く前の両親がいれたコーヒーの香りに、えも言われぬ幸福を感じた。28歳の時にシアトルでエスプレッソを出す喫茶店を開業。そして86年、シュルツ氏に請われスタバの経営に参加した。
この記事を読んだ多くの人は、1985年にハワード・シュルツ氏が創業したイル・ジョルナーレが、今日のスターバックスになったと勘違いするかもしれません。しかしスターバックスの誕生は、ジェリー・ボールドウィンという人が友人2名と一緒にコーヒー豆の販売店を開店した1971年に遡ります。同社の公式HPでも沿革として、簡単に触れられています。
- 1971年
ワシントン州シアトルのパイク・プレイス・マーケットにスターバックスコーヒー1号店がオープンする。- 1982年
ハワード・シュルツ(現:会長兼CGS)が、小売・マーケティング部門の役員としてスターバックス コーヒーに入社。スターバックス コーヒー社はこの年より、シアトルで名のあるレストランやエスプレッソバーに、コーヒーの提供を始める。- 1984年
シュルツはスターバックス コーヒーの創業者を説得し、シアトルの繁華街に当時新しくできた店舗(4番街とスプリング通りの角)でコーヒーバーのコンセプトを試験的に実施、大成功を収める。- 1985年
シュルツがコーヒーチェーン イル・ジョルナーレ社を設立。スターバックス コーヒーの豆を使ったコーヒーとエスプレッソドリンクを販売する。- 1987年
イル・ジョルナーレ社が地元の投資家たちの支援を受け、スターバックス コーヒー社の資産を買収。社名をスターバックス社に改める。
シュルツ氏は、設立11年後のスターバックスに入社したので、中興の祖とは呼べても創業者ではありません。当時のスターバックスは、コーヒー豆の焙煎、販売が中心で現在のようにカフェはありませんでした。才気溢れたシュルツ氏が、新規事業のカフェ部門を成功させ、チェーン展開するためにイル・ジョルナーレ社としてスピンアウトして、今日のスターバックスを礎を築いたのでしょうか?
しかし、このストーリーも100%正しいとは言えません。事実はもっと波乱に富んでいます。本当のスターバックス誕生秘話は、1966年からスタートします。情報源は、元祖と本家の不思議な競争です。
まだ、現在のようなエスプレッソ・カフェの業態が広まる以前、西海岸では2つのおいしいコーヒー焙煎業者が競争していた。
厳選された豆を使って、どこよりもおいしい豆を売ってくれると評判のトップブランド業者が、1966年に創業したピーツ・コーヒー&ティー。サンフランシスコで一番のコーヒー豆のブランド企業だった。そのピーツに追いつこうとチャレンジャー企業として発展していたのが、ピーツに5年遅れてシアトルに開業した西海岸二番手のスターバックスである。
この二大業者が切磋琢磨するアメリカ西海岸で、1982年にスターバックスに幹部として入社したのが、スターバックスコーヒーを現在の規模に育てた現CEOのハワード・シュルツ氏だ。
やがてハワードは、スターバックス社内でも新規事業を担当することになった。その新規事業とは、現在のスターバックスのようなエスプレッソ・カフェ──つまり喫茶店事業である。
この後にカフェ部門で大成功を収めて、順風満帆であったシュルツ氏にとって、想像もしなかった事態が発生します。
チャレンジャーとして急成長したスターバックス コーヒーの経営者が、手に入れた資金を背景に業界ナンバーワンであるピーツ・コーヒー&ティーを買収することに成功した。1984年のことである。
最初に、経営陣はスターバックスとピーツを統合させることを決定する。つまり合併後の新社名はピーツである。経営陣がなぜピーツを買収したのか?
実はスターバックスの創業者はピーツのブランドにあこがれ、ピーツのようになりたいとスターバックスを発展させ、そしてついに成功してピーツを手に入れることができたのである。ピーツを創業した伝説のアルフレッド・ピート氏は既に引退していた。だから、スターバックスの経営陣はその後継者になる道を選んだのである。
存続会社がピーツ・コーヒー&ティーになったので、スターバックスは一端消滅したことになります。この辺の事情は、同社の沿革には全く触れられていません。
さらに思いかけないことに、新ピーツはそのコア事業に回帰しようと決断する。つまりおいしいコーヒー豆の焙煎業者が、ピーツにとっても旧スターバックスにとっても本業であり、合併によってブランドを“薄めない”ためにも、最高のコーヒー豆焙煎業者のポジションを鮮明にすることが何よりも大切だと考えたわけである。
旧スターバックスの創業者ボールドウィン氏は、ビジネスマンというよりは職人気質の人間だったのではないでしょうか。シュルツ氏が展開したカフェ事業がどれだけ儲かったとしても、コーヒーは家で楽しむ物であって、家庭用に最高の豆を販売することが企業使命だという強い信念を持っていたようです。新規事業のカフェ部門は、創業者にとっては所詮傍流ビジネスに過ぎなかったのです。
そして経営陣は、ハワードに対してエスプレッソ・カフェ事業を縮小することを迫る。アメリカにおいてエスプレッソ・カフェの将来性を感じていたハワードは大いに悩むことになる。その結果、彼は独立して独自のエスプレッソ・カフェ事業を開始する。
そして最終的に 1987年にハワードがとった行動が、スターバックスブランドのMBO(Management Buy-Out:経営陣による企業買収)である。つまり、元々のスターバックスコーヒーはピーツ・コーヒー&ティーに吸収され、ハワードの作った新しい会社が現在のスターバックス コーヒーになったわけである。
ここでは簡単に書いていますが、少し補足します。1987年にシュルツ氏が買収したのはピーツ・コーヒー&ティーという社名の会社で、自分で作ったイル・ジョルナーレと一緒にして、スターバックス・コーポレーションに社名変更します。スターバックスを取り戻したシュルツ氏に、自分を追い出した経営陣に対するリベンジの気持ちがあったのかどうかは不明です。
この結果ピーツは完全になくなってしまったのかというと、そうでもありません。旧ピーツ部分を買い取ったのは、元々ピーツにあこがれてスターバックスを創業したボールドウィン氏です。ピーツとスターバックスに再分割された時には、シュルツ氏とボールドウィン氏の間で、特別な不可侵協定がが結ばれていたことが、Wikipediaの記述によってわかります。
Howard Schultz, the new owner of Starbucks, negotiated a non-compete period, keeping Starbucks out of the San Francisco Bay Area for five years after the sale.
念願であったピーツ社を手に入れたボールドウィンは、今でも同社の経営に携わっています。この当たりの経緯をピーツ社のHPでは、どのように説明されているかを調べてみました。
Known as the "grandfather of specialty coffee," Peet's Coffee & Tea has been a Berkeley institution since we started more than four decades ago.
Alfred Peet opened the first Peet's store in 1966 - with a roasting machine on the premises - at the corner of Walnut and Vine in Berkeley, a few blocks from the University of California.
Throughout the 1970s and 1980s, Peet's Coffee & Tea was a pioneer among other food purveyors in Berkeley's "gourmet ghetto."
Today, we continue to maintain the traditional values of hard work and attention to detail that are essential to creating coffees of distinction.
同社の歴史は、1980年代から一気に今日の記述に飛んでしまっています。スターバックスに買収されたこと、経営権の変更等は説明が面倒くさいと考えたのか、不名誉な歴史と考えたのか、完全に無視されています。しかし、もう一方の当事者のシュルツ氏は、「精神的には、ピーツはスターバックスの祖父にあたる」と認めています。
こうして2つの違った道を歩み始めたスターバックスとピーツですが、前者がカフェ事業を急拡大し、後者が創業の原点であるコーヒー豆の販売に軸足を移すことになります。この結果、ピーツとスターバックスの店舗数にも大幅な開きが生じます。
それでも、あくまでコーヒー豆の販売に専念したかったボールドウィン氏は、この結果を悔やんではいないことでしょう。米国のスーパーで売られているピーツのコーヒー豆は、スターバックスより必ず高い値段で売られているのが普通らしいですから。
堅実経営のピーツも2001年にはIPOを果たしてNasdaqに上場しています。また、同年日本にも上陸し、東京地区で4つのカフェを持つまで拡大しましたが、現在ではすべて撤退しています。あくまでも豆の小売りを得意とするピーツには、外国でのチェーン展開は難しかったのでしょう。なお、長々とスターバックスの歴史を書いてきましたが、こちらのページに、年表としてまとまっていました。結構作るのに苦労したようです。
実は、もう1つのシアトル系カフェのタリーズコーヒーでも、数年前に買収騒ぎがありました。日本のタリーズは、銀行員だった松田公太社長が、シアトルで見つけたタリーズの洗練されたスタイルに感激し、創業者を口説き落として始めた事業です。以下にタリーズコーヒージャパンの歴史を簡単に紹介します。
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- 1992年 米タリーズコーヒーコーポレーション、シアトルで創業
- 1997年8月 「タリーズコーヒー」銀座1号店が開業
- 1998年5月 タリーズコーヒージャパン設立、松田公太氏が社長に
- 2001年7月 タリーズコーヒージャパン、ナスダック・ジャパン(現・大証ヘラクレス)に上場
- 2002年8月 持ち株会社フードエックス・グローブを設立し、タリーズコーヒージャパンを子会社に
- 2003年9月 エーシーキャピタルによるフードエックス・グローブ株のTOBで合意
- 2004年1月 フードエックス・グローブが上場廃止に
- 2005年8月 タリーズコーヒージャパン、米タリーズから日本での商標権を取得すると発表
タリーズコーヒージャパンの持ち株会社は、なぜ上場廃止になったのでしょうか? その原因は、米国タリーズの経営破綻に関係しています。情報源は、『特集-楽天、ライブドアでは分からない 成功するM&A 非上場化、TOB』(日経ビジネス 2005年12月5日 30~37ページ)です。
経営が傾いた米国の本家との統合、救済のために自らの株式上場を取りやめたタリーズコーヒージャパン(現フードエックス・グローブ)の松田公太社長は今、必ずしもバラ色とは言えない非上場後の現実を噛みしめている。
米デラウェア州。2004年5月に設立登記し、そのままになっている「KHM」という名の持ち株会社がある。松田社長らの名前の頭文字を組み合わせたこの会社、実は日米タリーズの統合の受け皿となって米ナスダック市場に株式上場する予定だった。いったん日本で非上場になり(2004年1月)、米国で大型再デビューを目論んでいたのだ。
主幹事証券はモルガン・スタンレー。70%を出資する日本側は取締役に5人、米側が4人を出すといった詳細も決まり、あとは統合の正式決定を待つばかりだったが、土壇場で創業者のトム・オキーフ氏が松田社長に送りつけた電子メールですべてがひっくり返った。「私に(役員会での)拒否権を与えてくれなければ、統合には合意できない」。経営の最後の一線は譲れないということだ。
米経営陣の総意を得られなかったタリーズジャパンは、結局、米タリーズから商標権を約20億円で買い取ることで2005年8月に合意。「独立」は果たしたものの、日米統合とナスダック上場は幻と消えた。
結局、経営統合によって松田社長がタリーズの世界展開に乗り出すという夢は、実現しませんでした。しかし、商標権を買い取ったことで、米国本社の業績を心配することなくタリーズコーヒーを、日本で恒久的に営業できるようになりました。したがって今では、米国本社にお伺いをたてずに、日本の独自の事業を展開することも自由です。現在、同社はカフェ以外にも緑茶専門店『クーツグリーンティー』を積極的に拡大しています。
最後に登場するのが、『EXCELSIOR CAFFE』です。『エクセルシオールカフェ』とは日本人には読みづらいネーミングですが、純国内資本のドトールコーヒーが開いた新業態店です。そんな『エクセルシオールカフェ』にも、一応ブランドの由来らしきものはあります。
ところで、『エクセルシオール カフェ』のポリシーともいえる「より楽しく! より美味しく! より快適に!」という言葉の背景には、イタリアとアメリカを舞台にした、あるエピソードがひそんでいます。
1906年。ローマの目抜き通りともいえるヴェネト通りに、1軒のおしゃれなホテルがオープンしました。『HOTELEXCELSIOR』---最高級ホテルとして、イタリアはもとより世界の著名人の社交の場ともなっている由緒ある5ツ星ホテルです。偶然とはいえ、こんな豪華ホテルの名が、私たちのカフェと同じ名前とは!きっと私たちの想いと同じように、より高いレベルでのおもてなしを、と願って命名されたことでしょう。
ところ変わって、1780年代のアメリカ。かのジョージ・ワシントンがニューヨーク州の人々に呼びかけた標語が、『Excelsior!』---「より高く!さらに上を目指して!」という意味が込められたこの言葉は、21世紀の今日まで人々の胸に刻まれ続け、ニューヨークの目指す“合言葉”と言われています。この言葉に出会い、その意味を知った私たちが、新しいカフェへの想いと重ね合わせるのに、さほど時間はかかりませんでした。
「より楽しく!より美味しく!より快適に!」と、さらに高いレベルを目指す想いは、夕陽に染まって茜色に輝くミラノのドゥオモのごとく─。また、マンハッタンの空高くそびえ立つ摩天楼のごとく─。大げさと思われるかもしれませんが、それがいつもワンランク上を願い続ける、私たちの熱き想いの象徴なのです。
スターバックスやタリーズといった著名ブランドに対抗するために、ブランド・ストーリーをでっち上げる必要があったのでしょう。それも、全く関係のなさそうな2つの国の話を持ち出して。やはりブランドは簡単には作れないものです。
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