リスクマネジメントの第一歩は合理な判断にある
2004年06月01日
今日、セキュリティ関連のセミナー 「RSA Conference 2004」に出席しました。
このセミナーは、基本的はIT関連のセキュリティを主題としたものですが、私が受講した「企業経営におけるリスクコミュニケーションとセキュリティ教育」には、汎用的な話題があったので、ご紹介します。
学問分野とリスクの扱い
- 経済学など
損失が生じる確率- 社会学など
事故や災害といった個人の生命や健康に対し危害を生じさせる根源現象- 工学など
不安全事象の発生確率Pとそれによって生じる損害の大きさMの積: R=P*M
市民のリスク許容の特徴
- 市民が受け入れるリスクのレベルは、専門家よりも非常に小さい。
例えば、生命や健康に関するリスクには敏感であり、事故や副作用等に対してリスクがゼロであることを求める傾向がある。- 市民は発生確率が低くても、被害規模が大きいリスクは受容しない傾向がある。
専門家は発生確率と被害規模によるリスクで判断するが、市民は被害規模を注目する。
要するに、結果の大きさだけに目も奪われることなく、その発生確率を考えて、総合的にリスクを判断しましょうということです。
例えば、飛行機事故は1件あたりの死亡数は多いが、発生確率は自動車事故に比べれば圧倒的に低くなります。一方、自動車事故の1件あたりの死亡数は少ないが、発生確率は飛行機事故より高い。両者のリスクは、死亡数と発生確率の積で比較しなければ、意味がないということです。
BSEの有史来の累計死亡数は、全世界でも100人に満たないそうです。そうなると、発生確率は限りなくゼロに近いことになり、冷静に考えれば、さほど神経質になる必要はないという結論になります。もちろん、必ずしも「科学的安全性 = 心理的安心感」とならないところに、リスクコミュニケーションの難しさがあるわけですが。
BSEといえば、全頭検査は科学的な根拠がないという、米国側の主張を思い出します。米国内では「科学的な安全性 = 心理的安心感」となっているので、全頭検査をしなくても、皆平気で牛肉を食べ続けているのでしょう。これは、科学的根拠に基づいた合理的な行動と言えます。
しかし、私の不満は、大体において科学的根拠に基づき合理的な判断を行う米国が、こと捕鯨問題に関しては、全く科学的な主張に理解を示さないことにあります。ある意味では、ご都合主義の Dobule Standard (二重基準)と非難されるべきでしょう。
科学的な観測によれば、増えすぎたミンククジラが、シロナガスクジラなど他の回復が遅れている鯨類の生存を脅かしているのが、現時点での最大の資源問題とされるべきです。しかし、ミンククジラの積極的な捕獲を行うことにより、適正な資源管理を推進すべきという、日本を含む捕鯨国の主張は、IWCの総会でも全くとりあげられていません。むしろ、総会は非科学的な感情論のぶつけ合いの場と化しています。
わが国も、BSEの全頭検査に対する米国側の主張に理解を示す前に、捕鯨問題にも科学的な判断基準を導入するよう、米国側に交渉すべきだと思います。
私がこの米国の捕鯨反対の矛盾点を書きたくなったのは、次の記事を今日の日経新聞で読んだからです。
捕鯨の歴史や文化について理解を広め
2004/05/31, 日本経済新聞 朝刊, 39面
◎…捕鯨の歴史や文化について理解を広め、商業捕鯨再開運動を盛り上げていこうという三回目の「日本伝統捕鯨地域サミット」が三十日、高知県室戸市で開かれた。
◎…和歌山県太地町など捕鯨の伝統を持つ地域から約五百人が参加。郷土史家らが高知や房総半島で江戸時代を中心に行われた捕鯨法などを紹介し、学者や漁業関係者らが意見を交換した。
◎…鯨の竜田揚げなどの料理も振る舞われ、「伝統ある捕鯨文化を尊重し将来にわたり受け継ぐ」などとする宣言が採択された。
こんな悠長なことを国内でやっているだけでは、捕鯨再開の日は近づくとは思えません。
もっと、世界に向けて科学的根拠に基づいた主張を声高に発言すべきでしょう。
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