総額23億円の絵画を扱う競売会社を「じゃんけん」で選んだ日本の社長
2005年05月31日
重要なビジネスの意思決定は、合理的な判断基準に基づいて下されると考えるのが普通でしょう。そんな中にあって、日本企業の社長のが極めてユニークな意思決定法を採用したことが、THE WALL STREET JOURNAL で記事になりました。情報源は、『競売大手がじゃんけんで取り合い マスプロ電工の印象画』(日経ビジネス2005年5月30日号 129~130ページ)です。
昨春、日本のテレビ部品メーカー、マスプロ電工が所有する印象派絵画のコレクションをオークション(競売)にかけることにした時のこと。同社は英クリスティーズ・インターナショナルと米サザビーズ・ホールディングスという世界大手の競売会社2社に話をもちかけ、いろいろと問い合わせをした。
両社とも年に2回開催するオークションの作品を懸命に探しているところで、とりわけ印象派に属するセザンヌの作品は、のどから手がでるほど欲しいものでした。このため、両社はマスプロ電工に対して、甲乙つけがたい好条件を回答したそうです。問題はここかからです。
提示された条件から1社を選ぶことができなかった端山社長は、奇妙な選考法を提案しました。じゃんけんによる決着です。この提案は両社には快く迎えられたわけではありません。
関係者によれば、どちらの競売会社も、子供の遊びで結果が決まることをあまり喜ばなかった。何しろ、売り込みのために、ベテランの美術専門家がニューヨークとマスプロ電工の本社がある愛知県日進市の間を行ったり来たりして、両社合わせて数万ドルは使っていたのである。
「競売会社は風変わりな人物と取引することも仕事。だが、あらゆる努力をつぎ込んだ揚げ句にこれでは、非常に苛立たしい思いをしているに違いない」。元クリスティーズの印象派美術担当重役で、現在は美術商をしているフランク・ジロー氏はこう話す。
プライドをいたく傷つけられたと感じた両社が、マスプロの提案を拒絶してしまえば話はここで終わりになります。結局、背に腹はかえられなかったということでしょうか、両社とも不承不承この条件を受け容れることになります。50%の確率で受注する可能性があるわけなので、拒否するのはもったいないと考えたとしても当然です。運頼みのじゃんけんでの決着になったとはいえ、さすが一流のプロだけあって勝利に向けて十分な努力も惜しみません。
クリスティーズの広報担当者によれば、この間、同社の専門家たちは「ゲームの背後にある心理を研究した」という。「じゃんけんで決めるというクライアントの決断が真剣なものである以上、我々はそれを軽んじるわけにはいかない」。クリスティーズの重役たちは、じゃんけんに関する情報をかき集めた。
こうした努力は無駄には終わりません。 研究の成果のかいあってか、最終的にはチョキを出したクリスティーズがパーを選んだサザビーに見事勝利をおさめることになりました。注目のセザンヌは1200万~1600万ドルの落札価格が予想されています。 以上が日経ビジネスの記事のあらましです。私がこのエピソードから考えたのは、次のようなことです。
1つ目は、このような形でライバルに勝つことのできたクリスティーズのモチベーションです。例えば、誰がやっても結果が同じだからといって、アミダくじで仕事を割り振られた部下は、やる気が出ないものです。同じような意識がクリスティーズにあったとしても不思議ではありません。後日談としては、セザンヌは予想価格の下限を下回る1180万ドルで落札されたそうです。落札価格は競売会社の情熱によって決まるものではありませんが、悪影響はなかったのでしょうか?
注目した2点目は、今回の競売品が端山孝社長個人が所有する絵画だったという点です(マスプロ社長、絵画競売 借金返済に充当)。これが、もし一部上場企業であるマスプロ電工の所有物であったとしたら、株主から適正な資産処分であったかどうかを問われることになったでしょう。株主総会でじゃんけんを採用した合理的な理由を説明する義務が生じてきます。
3点目は、端山社長のビジネス観に関する疑問です。同氏は、「過去にもじゃんけんを使って重要なビジネス案件の決断をしたことが何度もある」と記事に述べられています。同氏の説明によれば、「じゃんけんで決めれば、不幸にも負けた側の担当者は経営者との関係がまずくなることはないだろうし、従って、彼に恨みを抱く敗者は生まれない」ことになります。
確かに敗者から恨みを買う可能性は低くなるかもしれませんが、勝者からも感謝されない可能性も高くなるはずです。そのため、勝者のモチベーションがあがらないといった問題は先ほど述べた通りです。
さらに想像を巡らすと、端山社長の74歳という年齢からして長期ワンマン体制といった言葉を思いつきます。ワンマン社長は、他人に判断を委ねるよりは、じゃんけんといった手法を好みそうな感じがします。私の想像が本当であれば、企業としての健全な意思決定が行われていないことは明らかでしょう。
最後は、競売会社から見たじゃんけんによる決定方法です。今回の場合は、両社とも受注する確率は完全な50%になります。したがって、期待される報酬金額は、ゲーム理論的には勝った場合の半分で、まったく同じです。実際にはじゃんけんに勝てば100%の報酬がもらえ、負ければゼロです。負けてゼロになるリスクを考えれば、確実に50%を手にすることを選びたくなる心理も理解できます。
こうした考えが高じれば、「どちらが勝っても山分け」といった談合発想を呼び覚ますでしょう。特に今回の場合は、誰も不利益を蒙ることもないので、それを実行に移すことの抵抗感も少ないはずです。そのような発想を導きかねない、じゃんけんによる決着は、ビジネス倫理的にも疑問を感じます。
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