あえて2000年の雑誌記事からUSEN宇野康秀社長の起業家魂を考える
2006年03月29日
文字通り「火中の栗を拾う」形でライブドアの支援に乗り出したことで、USENの宇野康秀社長は一躍時の人となりました。今週発売のビジネス誌、男性週刊誌、一般週刊誌でも、宇野氏の話題を扱うものが数多く登場しています。興味本位に取り上げた記事の中には、宇野氏の影の部分だけを掘り下げようする内容のものもありますが、いずれも新味に欠けるとの印象を受けました。
そこで、今回はあえて今から5年以上の前の宇野氏に関するビジネス誌の記事を紹介することにします。これほど世間の注目を集める以前に書かれた記事なので、その内容にも余計なバイアスがかかっていないと考えたからです。 情報源は、『新千年紀の日本人-有線ブロードネットワークス社長 宇野康秀』(2000年11月4日 週刊東洋経済 146~149ページ)です。
変な少年だった。小学生のときから自分は起業家になると決めていた。小学3年生の作文に「ぼくは鉄道会社の社長になりたい」と書いた。
華僑の家に生まれた宇野は、商売人に囲まれて成長した。商売で成功した人間が偉い――何の抵抗もなく刷り込まれた価値観である。
宇野氏が華僑の息子であることに触れた週刊誌も見られましたが、現在は日本国籍を取得しています。
宇野自身は、29歳で日本に帰化した。無戸籍だと、子供が「宇野」ではなく妻の姓になる。それでは子供が可哀想だ。「日本に生まれ日本語しか話せない。日本人として生きているのに、選挙権はなかった。矛盾を感じ、頑張ろう、と思った。規制や既得権のために、本来、国民が受けられるサービスが受けられない。何とかしたい。そこからパワーが出てくる、というのはあります」。
ソフトバンクの孫正義社長も帰化した日本人です。WBCで日本代表を率いた王貞治氏は、帰化をしていないので中国籍のままです。これらの人々が今日の地位を築いた理由をその出自に求める論調もあるようですが、私にとってはさして意味のある分析ではないように思えます。
宇野氏は、学生時代も一貫して将来の起業を第一に考えて行動します。まさに三つ子の魂百までといったところでしょう。
中学生時代の愛読書は松下幸之助の伝記。高校に入ると、法律書を貪り読んだ。受験勉強はいっさいしなかった。藤田田の『ユダヤの商法』を読んで、はまった。よし外食産業をやろう。まず調理師学校に入ろう。父に鼻で笑われた。「アホか。そんな授業料なんか、ワシは払わん」。
で、方向転換。「事業を興すには準備がいる。仲間、資金をどうするか。大学の4年間のモラトリアムは準備期間としては最高じゃないか。TVで見たら、東京の大学生は学生企業をやっている。東京はすごい」。
学生時代は、学生企業の社員、企画系サークルの部長、大学を横断したサークル連合会の幹事と三足のワラジを履いた。すべて、将来の起業に照準を合わせた計画的な行動である。
「リーダーシップが自分のいちばんの欠点。それを克服するために、部長や連合会の運営をやった。何でそこまで計画的にやるのか。もしかして、しょうもない人生かな、と思うこともあるんですが」。
大学生時代のイベント・サークルを通して、「スーフリ」関係者との親交があったとの噂をスキャンダラスに報じる週刊誌もあります。確かに狭い学生サークルの世界では、そんなことがあったとしても不思議ではないでしょう。
但し、宇野氏本人がスーフリ的な悪行に手を染めていなければ、それもたいした話ではありません。朝日新聞社長の息子が大麻不法所持で逮捕されたことが、当の社長の倫理観とは無関係であることと同じです。
起業志向の強い宇野氏は、卒業後の就職先として「起業学校」の異名をとるリクルートを選びますが、そのリクルートも本人の期待を満足させることはなかったのです。

“1組のスキー板に2人が同時に乗ってジャンプ”という、前代未聞なスキージャンプ競技を描いたCG映像は、オモシロ映像とクソ真面目な実況がこだまする、1度見たら忘れられない代物。
昨日の13日に発表された