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マクドナルドとロッテリア 中堅プロパー社員に対する処遇も好対照

2006年07月10日

ロッテと企業再生会社のリヴァンプが、米国生まれのドーナツ店「クリスピー・クリーム・ドーナツ」を日本でチェーン展開する「クリスピー・クリーム・ドーナツ・ジャパン(KKDJ)」を設立しました。社長に就任するのは、日本マクドナルド生え抜きの香坂伸治氏です。 情報源は、『ロッテなどドーナツチェーン展開へ――社長にマック出身香坂氏』(2006年7月7日 日経流通新聞MJ 19面)です。

KKDJの資本金は2億5千万円で、ロッテが70%、リヴァンプが30%それぞれ出資した。KKDJが米クリスピー社とフランチャイズチェーン(FC)契約し、今秋をメドに東京都内に1号店を出店。店舗を5年後に首都圏で30~50店に増やす。

香坂氏はマクドナルドで店舗運営の標準化や顧客満足度向上に携わった。KKDJでもそのノウハウをチェーン展開に生かす。香坂氏は1999年~2003年、日本マクドナルドの米国駐在員や米国マクドナルド社員として米国に滞在した際にクリスピー・クリーム・ドーナツに出会い、「いつか(自分で)やりたいと思った」という。

ドーナツは各店で客の目の前で作るのが特徴。店内の専用機で揚げたばかりのドーナツを熱いまま提供する。口の中に入れると溶けるように柔らかいのが売り物。日本でも米国と同じ製法を採用。香坂氏は「多くの日本の人にすばらしさを味わってもらいたい」と抱負を語った。

クリスピー・クリーム・ドーナツは韓国ではロッテグループが04年12月から展開しており、現在9店舗を持つ。

リヴァンプの発表したプレスリリースに掲載された、香坂伸治新社長の経歴は次のようなものです。

  • 1961年2月、福岡県北九州市生まれ。1984年3月、駒沢大学文学部卒業。
  • 1984年4月、日本マクドナルド株式会社入社。1999年2月、米国駐在員として、現地・日本所有店舗を統括。
  • 2001年3月、米マクドナルドに異動し、USオペレーションの習得および日本への情報提供のリソースとして活躍。
  • 2003年4月、日本に帰国後、マーケティング本部にてキッズ・アダルト・マーケティング・スポーツマーケティングを担当。
  • 2004年10月、ナショナルオペレーション本部へ異動し、米国駐在時の経験を生かし、USのオペレーションモデルを提案。全店のオペレーションの標準化や全社重要戦術の推進の最大化を図るプロジェクトリーダーとして活躍し、セールスやカスタマーサティスファクションの向上に貢献。
  • 2006年6月9日、日本マクドナルド株式会社を退社。

香坂氏は新卒で日本マクドナルドに入社以来、22年間マクドナルド一筋のキャリアを歩んできました。同氏のキャリア上の転機となった思われるのが、2003年3月末に起きた日本マクドナルドの創業者の藤田田氏の取締役退任です。これに合わせて、米国に駐在していた香坂氏も、急遽日本に呼び戻されることになったのではないでしょうか?

2003年末には藤田商店との経営役務契約が解約されるなど、米国本社主導の脱藤田改革が日本マクドナルドでは進みます。2004年2月には、アップル・コンピュータの原田泳幸氏がCEOとして迎えられます。そして5月には藤田田氏の片腕であった八木康行氏もついに退任することになります。ちなみに、この後八木氏はリンガーハットの社長に就任したので、退任の理由がビジネスへの情熱を失ったからではないことは明らかでしょう。

香坂氏の方も、2004年の10月になると今度はナショナルオペレーション本部へ異動を命じられます。これらの事実からして、藤田氏が去って原田体制になってからの香坂氏は、プロパー社員として冷遇を受けていたのではないか、と想像できそうです。日経流通新聞の記事によれば、香坂氏はクリスピー・クリーム・ドーナツのビジネスに元々興味があったことが中心で、当然ながら現マクドナルド体制に対する不満は明らかにされていませんが・・・

私には、以前に投稿した記事 旧藤田派の残党はリヴァンプのロッテリアに集結して原田マックにリベンジしては?のようなことが、結果として現実となっているように思えます。

日本マクドナルドは、定年制廃止に先鞭を切るなど、長期雇用を目指した企業姿勢を示しています。しかし、その実態としては、長期間勤続した社員を引き留める努力がほとんどなされていないように思えます。マクドナルドは、すべて実力主義という建前で割り切る外資体質に根本的に変わったのでしょう。

リヴァンプの主導で再生を目指すロッテリアでも、体制が急変したことによりプロパー社員が当惑を感じていることは同じです。果たして、マクドナルドと同じようにロッテリア一筋の社員が流出する問題は起きているのでしょうか?  情報源は、『ロッテリア、海図なき再生――風通し良い組織に腐心、生え抜き幹部慰留』(2006年7月7日 日経流通新聞MJ 1面)です。

1月13日、商品開発の第一線で活躍してきた長元恒統括マネージャー(43)が辞表を出した。大学1年生のアルバイトから23年間のロッテリア人生。同年代では出世頭でもある。しかしリヴァンプの支援を仰ぐと決まった時、ハラを決めていた。それまでの努力を否定され、見捨てられた気分になっていた。

1週間後の朝8時、会長兼最高経営責任者(CEO)の玉塚元一氏(44)に呼び出される。

「マックと互角によくやって来た。その手腕を貸してくれ」

玉塚会長は切り出した。「我々だけでは再生できない」「いまの苦境はおまえのせいではない」。次の予定をキャンセルまでした玉塚会長の説得は2時間に及んだ。

長元氏にはライバル社に恐れられるほどのヒットを生み出した商品開発の実績がある。しかしリヴァンプが手放したくなかったのはむしろ、若手社員をまとめ上げるリーダーシップだった。

説得を受けて、長元氏は翻意した。「最後には2人は肩をしっかりと抱き合って、涙を流した」そうだ。こうした逸話が伝説化して、社内をまとめる力となることがある。上から方針を押しつけるのではなく、同志的つながりで組織を運営したいリヴァンプの姿勢を印象づけるのに有効だ。

体育会系出身の情熱家玉塚元一氏らしいエピソードです。日本型再生を目指すリヴァンプと、米国本社主導の合理的な再建を目指すマクドナルドとは、対照的な印象を与えます。この1つのエピソードだけからステレオタイプ的に決めつけるのは、我ながら短絡的過ぎるとは思いますが・・・

しかし、マクドナルド一筋22年の香坂氏が選んだ転身先がロッテとリヴァンプが創った会社であり、ロッテリア23年の長元氏が退職を慰留されたというのは、紛れもない事実です。


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