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デュアル・ディクショナリーは「辞書の三省堂」のブランド強化策の一環

2006年09月15日

三省堂が書籍の辞書とオンラインサービスを組み合わせた新サービス「デュアル・ディクショナリー」を、10月から開始します。私にはさほど新鮮なニュースとは思えないのですが、あちこちのブログでこの発表に関する書き込みが見られます。その理由は、発表記者会見にブロガーを招待したからでしょう。口コミでの広がりを狙ったローンチ戦略と考えれば成功の部類に入るのかもしれません。これが、当日発表された新サービスの内容です。 情報源は、「家にある辞典」を会社からネット検索です。

三省堂は、10月に刊行する3冊の辞典「大辞林 第3版」「ウィズダム英和辞典 第2版」「ウィズダム和英辞典」について、書籍版の辞典を購入した人に限って、同等のオンライン版辞典を利用できるサービスを開始する。

「ウィズダム英和辞典 第2版」(3300円)「ウィズダム和英辞典」(3300円)は10月10日に刊行、「大辞林 第3版」(定価8190円)は10 月27日に刊行し、それぞれのオンライン版を刊行日から公開する。

従来は、書籍版の辞典を作ったあとに改めてデジタル化し、電子辞書などのデータを作成していた。しかし今回は製作過程から見直し、書籍版とオンライン版を同時に製作することでコストダウンをはかり、かつ同時に公開することが可能になった。

辞書のマスターコンテンツを紙とWebに展開する技術には、ある種のブレークスルーが必要であったようです。しかし一ユーザとしての立場としては、著しく利便性が向上するようなニュースとは思えません。そう感じる一番の理由は、今でもWeb上で「大辞林」を利用できる環境が整っているからです。

ポータルサイトのgoo辞書の国語検索のエンジンは「大辞林」です(但し現在は第2版)。ツールバーをインストールすれば、ブラウザの検索窓からも利用できます。また、goo以外の検索サイトでも三省堂の「大辞林」は幅広く採用されています(詳細は後述)。

10月に正式スタートする「デュアル・ディクショナリー」は、ベータ版を公開しています。あくまでも試用目的のための公開なので、ベータ版に収録されているのは「あ行」のデータだけです。そこで「朝日」という言葉で、ベータ版とgooを検索して、2つの結果を比較してみました。


デュアル・ディクショナリー

gooディクショナリー

表示レイアウトは若干違いますが、辞書の内容そのものは全く一緒です。gooの方は広告が入っていますが、それもすごく邪魔というほどではないので、十分に実用に耐えるレベルでしょう。

現在発売中の「大辞林 第2版」は7,300円で、デュアル対応版の「大辞林 第3版」は8,190円です。現行版から約1割の値上げです。その差分を広告なしでWeb版が見られる付加価値と解釈すれば、妥当な金額設定と言うところでしょうか。

価格設定を見る限り、Web版はやはり書籍のおまけ程度の位置づけのように思えます。そうした影響でしょうか、本来有料サービスに近い精度が求められるWeb版へのアクセス制御も、意外と脆弱なようです。

オンライン版を利用するには、まず辞典の帯や読者カードに印刷されたURLにアクセスし、個人情報を登録すると、メールでパスワードが届く。その後、サイトで書籍版の辞典を持っていないと答えられないクイズが出題される。正解すると、届いたパスワードでログインできるようになる。なお、同一のIDで2者以上が同時にログインすることはできない。

「書籍版の辞典を持っていないと答えられないクイズ」の中身には、興味をそそられます。本当に答えは、別ルートで入手することはできないのでしょうか? 

「デュアル・ディクショナリー」の他にも、三省堂は既にWeb版の辞書サービスを提供しています。このサービスでは、デイリーコンサイス国語辞典、デイリーコンサイス英和辞典、デイリーコンサイス和英辞典の3つの辞書を無料で利用できます。さらに年額3,150円を払って会員になれば、スーパー大辞林を始め14種類の辞書が利用可能です。

実際には、「デュアル・ディクショナリー」の他にも三省堂が様々なサービスを提供していることがわかりました。そこで改めて辞書という有力コンテンツの活用方法について整理してみます。現状では、概ね次のようなビジネス展開が考えられるのではないでしょうか。

  1. 書籍の辞書
  2. 有料ウェブサービスの辞書
  3. PCアプリケーションの辞書
  4. 電子辞書へのコンテンツ供給
  5. 検索・携帯サイトへのコンテンツ供給

この中で、今後需要の拡大が見込めそうなのが、電子辞書と検索・携帯サイトへのコンテンツ供給です。寡占化が進む電子辞書マーケットでの成功は、シャープ、カシオ、セイコー等の有力デバイス・メーカー側の意向によって大きく左右されます。しがってコンテンツ供給側の自助努力だけで、今後の成功が約束されているほど簡単なマーケットではありません。

次に主要検索サイトでの国語事典の採用状況を見ると、三省堂の強さが光っています。「辞書の三省堂」の面目躍如といったところでしょうか。MSN、goo、exciteのポータル系を始め、新聞系のasahi、yomiuriも「大辞林」を採用しています。一方、ライバル小学館の「大辞泉」を採用しているのが、Yahoo!、livedoorです。

最も権威のある岩波書店の「広辞苑」は、この種のサイトからは利用できません。無料では利用させないことで、逆に「広辞苑」のブランド力を強化しようというのが、岩波の基本戦略だと考えられます。ジャストシステムの日本語入力ソフト「ATOK」に、唯一採用されている日本語の外部辞書が「広辞苑」であることは、そのブランド力の強さを物語るものでしょう。

Webベースの無料辞書サービスが充実してくれば、書籍の辞書、有料WebサービスやPCインストール型の辞書に対する需要は縮小するのは当然です。この3つの中で、最も深刻な問題を抱えるのは書籍版の辞書だと思います。需要減退により採算が見込めなくなれば、PC向けや有料Webサービスは、撤退することも選択肢の1つになります。

書籍版の辞書に対する需要は少なくなっても、決してゼロになることはありません。デジタル時代になっても、電子辞書やネットに見向きもしない頑固なユーザは存在し続けます。そしてこの種の頑固者の多くは、慣れ親しんだ特定の辞書しか使わないロイヤルティの高い顧客であるケースが多いのです。

そうであれば書籍版の辞書を廃止することは、ロイヤルティの高いリピータにとっては、裏切り行為と取られるはずです。ましてや「辞書の三省堂」と謳う以上は、どんなに需要が減っても書籍版の辞書を供給し続けることは、三省堂の企業使命であり、簡単に止めることはできません。

無料版の百科事典Wikipediaの登場により、一般ユーザの向けの売上げが激減した老舗のブリタニカは、書籍版の百科事典市場から撤退しました。現在は図書館、企業向けの有料オンラインサービスで活路を見出そうとしています。採算のとれない書籍版から撤退したブリタニカの決断は、合理的にも思えます。しかし、自らのブランド力の源泉であった書籍版を捨てることは、結局ブランド力の弱体化を招くことのように思えます。

さて、ここからが今回の結論です。「デュアル・ディクショナリー」によって、下降トレンドにある書籍版の辞書に対する需要が、上向くことになるとは私には思えません。三省堂も本音ではそんな幻想は持っていないと想像します。

家では書籍版、その他の場所からは同じ辞書のWeb版、といった使い分けは実際には起こらないでしょう。書籍版を持っている人の大半は、家でもWeb版を使うのではないでしょうか。また「デュアル・ディクショナリー」は、三省堂が提供しているPCインストール版の辞書と、有料Webサービスの需要を共食いするリスクも存在します。

三省堂が「デュアル・ディクショナリー」という辞書の新しい使い方を提言したのは、新サービスでだけで収益化を狙った戦略であるとは思えません。書籍の辞書から、電子辞書、Webサービスまで、あらゆるビジネスモデルで三省堂の存在を示すことが、トータルとして自社ブランドの強化につながると考えているのではないでしょうか。

強いブランド力こそが、検索エンジンや電子辞書での競争優位をもたらすものです。今後拡大が見込める分野でのポジションを盤石なものにしておけば、将来お荷物となりかねない書籍版の辞書も安定して供給する体制が築け、「辞書の三省堂」の企業使命を全うすることができるはずです。


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