38歳の若さでタリーズコーヒージャパン社長を退任した松田公太氏の次なる挑戦の場は?
2007年09月28日
フードエックス・グローブ(FXG)は、子会社のタリーズコーヒージャパンの創業者松田公太氏が9月25日付で、同社社長を退任することを発表しました(「9/26 役員異動に関するお知らせ」(PDF))。先月創業10周年を迎えたタリーズの「第二の創業」に向けて、松田氏は相変わらずの熱い思いを語っていたばかりなので、意外感もありますが....。後任の社長には親会社伊藤園出身の荻田築氏が就任することになり、同社主導の再建色が一段と強くなることが予想されてます。情報源は、『タリーズコーヒージャパン創業者、松田社長が退任、伊藤園主導の再建鮮明』(日経流通新聞MJ 2007年9月28日 23面です)。
FXGは新体制として、タリーズの新社長に荻田氏、新会長に本庄八郎伊藤園社長(67)が就任したことも発表した。松田氏の退任は「本人より申し出があった」としている。同氏は取締役にはとどまる。ただ、今後は海外などで個人的に進める外食事業に注力するとみられる。
松田氏は1990年に筑波大を卒業。96年に三和銀行(現三菱東京UFJ銀行)を退行後、97年に米国・シアトルを発祥とするタリーズコーヒー日本一号店を東京・銀座に出した。98年にタリーズコーヒージャパンを設立し社長に就任、急速に店舗数を増やした。いったんは会長に就いたが、昨年11月の伊藤園傘下入り後は社長として業績立て直しに尽力してきた。
既に伊藤園主導による不採算店の整理も一段落しており、創業社長の松田氏の退任がタリーズの業績に与える影響はさほど大きなものではないと予想されています。とはいえ、「タリーズ=松田公太」というイメージは依然として拭いがたく、創業期から松田氏と労苦を共にしてきた社員への心理的な影響は避けられないようです。
いちよし経済研究所の鮫島誠一郎主任研究員は「カリスマ的な経営者が急に退いても、現場が混乱する例は少ない」として、松田氏退任の影響は小さいとみる。ただ、タリーズで「フェロー」と呼ぶ社員やアルバイトの中には「驚いた」との声があり、混乱を招きかねないとの指摘もある。
1987年8月7日に松田氏が日本での第一号店を銀座にオープンしたのが、日本でのタリーズの歴史の始まりです。今年で10周年を迎えた節目の年に、創業者がトップを退くことで、タリーズは名実共に伊藤園のグループ企業の1つとして、新たな10年を歩み出すことになります。さらに創業の地である銀座店も、再開発のために今月26日をもって閉店することになりました(タリーズ「原点の香り」は消えない…銀座第1号店閉店)。こうしたことも、昔からのタリーズファンの感傷を誘う材料になるのでしょう。
今後は海外での外食産業に注力することになる松田氏の日本観は、次のようなものです。情報源は、『年金問題より戦争が怖い 40歳のリアル愛国心』(週刊AERA 2007年9月10日号 30ページ)です。
プロジェクトの構想は、「三社の首脳が会合で一堂に会した際に、浮上したようだ」と関係者は語る。その後、読売では、東京本社の四階に従来のインターネット事業部門とは別に、わざわざ個室が設けられ、秘かに構想が練られてきたという。
来年3月からの新名称は「ニッパツ三ツ沢球技場」。契約期間は5年間で年額8,000万円を基本とし、広告価値の増減に応じ、年度ごとに交渉して決める。


藤巻氏は伊勢丹在籍時代に若手デザイナーのブランドを集めた売り場「解放区」をつくるなどして「カリスマバイヤー」と呼ばれた。03年からは破綻した老舗靴下メーカー、福助の再建に貢献した腕を買われてヨーカ堂グループへ移った。