64歳で携帯ベンチャーに専念する千本倖生氏と56歳でSCEを退く久多良木健氏
2007年05月16日
ソニー・コンピュータエンタテインメント(SCE)会長兼CEO久多良木健の辞任の理由は、PS3への巨額投資によって大幅赤字となった責任を取らされたことにある、と一般には伝えられています。退任発表の翌日に、その久多良木氏を直撃したインタビュー記事が、週刊東洋経済に掲載されました。
「僕が辞める本当の理由を語ろう」と題された記事は、辞任の真相を知りたい読者心理を大いに刺激してくれました。情報源は、『直撃インタビュー60分-久多良木健 ソニー・コンピュータエンタテインメント会長兼CEO-「僕が辞める本当の理由を語ろう」(週刊東洋経済 2007年5月19日 108~112ページ)です。
――このタイミングでSCEのCEOを退く理由とは。
最先端のコンピュータテクノロジーを通じて、まだ誰も見たことのない新しいエンターテインメントの世界をクリエーターと一緒になってつくり出したい、そういう思いがプレイステーション(PS)の出発点だった。イノベーティブな技術を盛り込んで、夢のような世界を自分たちの手で実現できたらすばらしいだろうなって。その意味で、「PS」「PS2」という二つのプラットフォームがそれぞれ1億台を超えて、全世界に普及させることができたのは、たまらなくうれしかった。
そして去年の暮れに、ある意味その集大成ともいえるPS3を現実の商品として世の中に送り出すことができた。しかし、僕にとって、それが必ずしもすべてのゴールを意味するわけじゃなくて、その先に続く夢がある。PS3は主要部品の供給問題で発売がずれ込み、いろんな人たちに迷惑をかけてしまったけど、ようやく世界中に供給できる体制も整った。このタイミングで次の若い世代にSCEの未来を託して、僕はもう一つ先の夢に向かってチャレンジしたいという思いが強まった。そういう経緯で今回、自分からCEO退任を申し出たんです。
PS3の発売で一区切りがついた卒業であって、巷間伝えられるような業績低迷の引責辞任ではないという説明です。キレイゴト過ぎて、隠された真実を期待した、読者心理を満足させてくれるものではありません。
――これから挑戦したい夢とはいったい、何ですか。
僕の夢は、PS3のような最先端のコンピューティングのパワーを使って、もっと楽しくて、便利で、みんなが驚くようなネットワークの世界を実現すること。PS3はそのための小さいながらも大きな一歩と表現したほうが正しいかもしれない。
ネットワークの世界の進化は目覚ましいものがある。しかし、まだサーバーの処理能力などがボトルネックになって、現実にはいろんな制約がある。でも、そこに大きなイノベーションが起きて、仮想現実の世界が楽しめたり、いろんなデジタルコンテンツをリアルタイムで簡単に楽しめる、世界中のみんなとコミュニケーションもできる、そんな何でもできちゃう魔法のような世界がネットワークの向こう側に誕生したら、みんなワクワクするよね。
しかも、単に楽しむだけじゃなくて、そこでは世界中のみんながコンピューティングパワーを結集して、社会や人類の未来に役立つようないろんな取り組みもできるようにしたいんだ。僕がイメージしているのは、そういったネットワークの新たな世界観。PSといった特定のプラットフォームの枠を飛び越えて、もっと大きな視点から、それにチャレンジしてみたいんですよ。
「このオヤジは何夢みたいなこと言ってんだ?」って思う人もいるだろうけど、僕は至って本気。みんなもいずれは、「なるほど、久多良木は昔、こういうことを夢見ていたんだな」って理解してくれる時が来ると思う。これから10年~20年の間にネットワークの世界は劇的に進化して、そんな夢のような世界が現実のものになるはずだから。
確かに昨年9月に開かれた「東京ゲームショウ2006」でも、久多良木氏は『「PS4」はネットワークサービスになる』とその夢の一端を明かしています。この点では同氏の夢のロードマップとSCEのロードマップは、綺麗に一致していました。
――そのためにSCEを離れる必要があるとは思えませんが。
だって、CEOというのは、経営に全責任を持つわけだから。その状態のままで自分の夢だけを追いかけるわけにはいかないよね。気分的には若いつもりでいたけど、僕ももう56歳。ソニーグループを見渡しても、僕より年上の人間はずいぶん少なくなった。うちの父親は63歳のときにガンで亡くなったんだけど、自分もその年齢にだんだん近づいてる。だから、少しでも早く夢の実現にチャレンジしたい、それに専念したいっていう思いが強くなってきた。
SCEを離れることになった理由として、自身の年齢をあげていますが、実際には今回の辞任と年齢とは無関係に思えます。半年前はSCEのトップの夢として語れたネットワークサービスが、今では久多良木個人の夢でしかなくなった、ということでしかないと理解すべきでしょう。
現実主義者のストリンガー・ソニー会長から、もはや久多良木氏の夢には付き合え切れないと、引導を渡されたというのがやはり真相だと思います。PS3は失敗作ではないかという質問には、こう答えています。
――しかし、今、PS3の購入層はハイテクやゲームのマニアに限られているのが現状です。すごい能力を持ったマシンだと思いますが、一般消費者のあまりに先を行きすぎたんじゃないでしょうか。
だから楽しいんだよ。(ソニーの歴史をつくった)井深(大)さんや盛田(昭夫)さんたちは、「俺たち、先を行きすぎているぞ」なんて思ったかな? 逆に消費者のもっと先を行こうと挑戦し続けたからこそ、トランジスタラジオやトリニトロンテレビ、ハンディカムみたいな世の中にない商品が誕生したんだと思う。
今、僕は、世の中がリスクをとらない風潮に向かっていることをすごく心配している。産業界に共通してリスクをとらずに、確実に利益をとりにいく風潮があるよね。たとえば、かつてのソニーは、失敗を恐れずにどんどん挑戦した。大きな失敗もいろいろとしたけど、いろんな挑戦の中からキラッと光るものが生まれた。挑戦をやめたら、進化は止まるし、未来はつくれない。僕のSCEでの人生は、未来への挑戦の歴史だっと思う。リスクを背負って、果敢に挑戦してきたつもり。SCEを離れた後も、そういう僕の生き方は変わらない。
ここら辺の下りでは、現在のソニーの体制をやんわりと否定しています。企業としてリスクが取れないのであれば、自分一人でも挑戦を続けるということです。それで、具体的な挑戦のプランについて話が及ぶと。
――今後、新たに会社を立ち上げたりする予定は?
どうかなぁ。もしもセルを載せたサーバーにどーんと投資するって話になったら、会社作って資金調達する必要も出てくるけど、上場のプロセスどうすんだとか面倒くさいじゃない。うちが全部お金出しますって会社が現れたら、それで済んじゃうし。スピードが大事だからね。
我々の関心の的である、久多良木個人の夢の実現をサポートする支援者がいるのか、という疑問には答えてくれませんでした。
もう一人、パターンは全然違うのですが、自分の夢を追うためにCEOを退く人がいます。情報源は、『イー・アクセス、千本会長が代表権返上』(日経産業新聞 2007年5月15日 3面)です。
ADSL(非対称デジタル加入者線)大手のイー・アクセスは14日、創業者の千本倖生会長兼最高経営責任者(CEO、64)が6月27日付で代表権を返上すると発表した。3月に携帯電話事業に新規参入した子会社のイー・モバイルの会長職を兼任しており、今後は同子会社の事業に軸足を置く。
自身の夢である携帯電話事業に専念するために、親会社の経営から退くことにした千本氏の年齢は64歳です。一方、年齢を理由にSCEを退社した久多良木は、「まだ」56歳でした。こう考えると、やはり年齢は関係ないと思えてきます。要するに両者の違いは、個人の夢がグループ企業の戦略上でメインストリームと位置づけられているか、そうではないかの違いでしょう。
その千本氏も久多良木と全く同じように、ソニーの盛田氏の例を挙げながら、リスクをとって挑戦することの意義について語っているのが、面白いところです。 情報源は、『5度目の起業。千本倖生のメッセージ-シニア世代よ! リスクを取ろう』(週刊東洋経済 2007年5月12日 94~95ページ)です。
3月末、イー・アクセス会長の千本倖生さんにとって五つ目の「ベンチャー」がサービス・インした。売り上げ4・8兆円のNTTドコモ、3兆円のKDDIを向こうに回し、携帯電話市場に参入したのである。
携帯電話への新規参入は13年ぶりだ。新会社はゴールドマンサックスなど世界の投資家から1400億円の資本金、銀行融資枠も含めれば3600億円をかき集めた。こんな“巨大”ベンチャーは例がない。
千本さんは今回の起業に二つのメッセージを込めている。一つは世界に向けて。「日本には、盛田(昭夫)、本田(宗一郎)のDNAが残っている。グローバルな評価に耐えるベンチャーが育つことを示したい」。
もう一つは、日本のシニア世代に向けて。「あきらめるな。もう少しリスクを取れば、もっとやれるんだから」。オレを見よ、である。
今年64歳。大学時代の仲間が集まれば、すでに大半は無職となっている。大企業に入り、あんなに頭がよかったのにと思うヤツほどリスクを取らない。「千本よ、オレも働きたい。悠々自適も半年したら、いたたまれない」。ならば、自分で職場を見つけなさい。職場がなければ、自分で作りなさい。「いやぁ、会社が作ってくれたら、オレもやる」。
千本さんは言う。「60代や団塊世代は、自分たちが思う以上にはるかに深い可能性がある。能力的にも肉体的にも、知識面でも人脈面でも。自分の背中をちょっと押してやれば、いろんなことができるのに」。
「考えざるをえないわけ。毎日が問題だらけ。社員と家族の生活がかかっているし、投資家の期待がある。重圧にさらされ、常に考える。それが脳を活性化し、エネルギーになる」。千本さんの顔は64歳の顔ではない。だから、と千本さんは言う。
後段の千本氏のメッセージによれば、久多良木はまだまだ老け込む年齢ではないということになります。そういうことで、どんな形になるにせよ、久多良木は自身の夢であるネットワークサービスも実現に向けて、もうひと踏ん張りして欲しいものです。もはやそれが「PS4」と呼ばれることはないにせよ。
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