本日の日経新聞に「虚妄の成果主義」の著者である、東京大学高橋伸夫教授の論説がのっていました。
以下に、その内容の一部を抜粋、要約します。
『日本型年功制を生かせ』日本経済新聞 2004年6月9日 27面
近年の社会学的実験でも、金銭を中心とする外的報酬は、仕事の動機づけとはならないことが明らかになっている。むしろ、金銭的な報酬が、仕事の喜びを奪う可能性すらある。
金銭的報酬がなくても、人間は内的な満足感を求めて仕事をするものである。金銭的報酬の要素が入ってくると、それが仕事と満足の間に割り込み、「仕事→金→満足」と、金のために仕事をするように変わってしまう。だから、金がなくなると、満足も得られなくなり、仕事をする気もなくなってしまう。
これが、成果主義が失敗する理由である。「成果を上げれば金をたくさん払うから、嫌な仕事でも文句を言わずに働け」では、人は懸命には働かない。仕事自体にやりがいや面白さを見出せるようなシステムを作らなければ、人は働かない。
「日本型年功制」は、本質的に給料で報いるシステムではなく、次の仕事の内容で報いるシステムだった。給料は、後顧の憂いを取り除き、安心して働くために、動機づけとは切り離して、生活費を保障するという観点から、年齢別生活費保障給型賃金カーブがベース・ライン(平均値)として設計されてきた。
この両輪が日本の企業の成長を支えてきたのである。それは、従業員が日々の生活の不安におびえることなく仕事に没頭し、仕事の内容そのものによって動機づけられるという内発的動機づけの理論からすると最も自然なモデルでもあった。
そもそも、先達が築きあげてきた日本型の人事システムを年功序列だと思い込むこと自体、企業人としての常識を疑う。
明らかに年功序列ではない。仕事の報酬は次の仕事なので、まずは仕事、次いで賃金などの処遇に差のつくシステムだったのである。賃金カーブはあくまでも平均値であり、年齢が進むにつれて大きな差がついた。
成果主義を導入する人は、今のままではいけないと口にする。しかし同時に、結果的には日本型年功制の運用改善に落ち着く可能性が大だとも口にする。そこまでわかっているなら、寄り道せずに、まっすぐにそこを目指すのが、従業員の生活を預かる人間のするべきことであろう。日本型年功制の運用改善こそベスト。どうかそのことに早く気がついてほしい。
筆者の結論は、記事の最後にある、『日本型年功制の運用改善こそベスト』です。長々と引用したくせに、今回は成果主義の問題そのもについては、触れないことにします。私は、成果主義と密接に関係している目標管理制度(MBO:Management By Objective)の運用こそが問題だと考えています。この点は、また改めて書くことにします。
私が注目したのは、この記事のタイトル『日本型年功制を生かせ』です。記事の中で展開する主張は、著書の『虚妄の成果主義』そのものです。それでは、ほぼ同じ論旨であるのにもかかわらず、なぜ2つのタイトルは異なるものとなっているのでしょうか。なぜ新聞記事の方には、『虚妄の成果主義』という言葉を使わないのでしょうか。それは、筆者が、書籍と経済新聞という媒体の特性を配慮して、巧みにタイトルを使い分けているからだと思います。
『虚妄の成果主義』というタイトルは、センセーショナルとは言わないまでも、論議の種を巻くには十分なインパクトがあります。「虚妄」とは、嘘、偽りのことですから。これまで異論が唱えられることの少なかった成果主義を、真っ向否定するという姿勢が伝わる強烈なタイトルです。実際に、筆者の狙いは成功して、相当数の書評が取り上げました。また、今週発売の週刊ダイヤモンドでも、14ページにわたり「明るい成果主義」の特集が組まれています。
書籍のタイトルを『虚妄の成果主義』としたことは、マーケティング的には大正解といえます。